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横須賀基地の裏番長 フィリピーノ・マフィア

横須賀基地で働く日本人にとって残された道は、彼らとの共存しかないのか・・・

フィリピン人にご馳走してもらう一杯は、味もありがたみも違った

共存の道

 

「もうすぐ休暇。ボラカイに帰ったら皆にたかられてすっからかんになる。でもそれでいい。いっぱい飲んで食べて笑って、リフレッシュして帰ってくるよ。そしてまた頑張って働いてお金を貯めるんだ」

 

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ベースで働いていた頃、同僚のフィリピン人男性が嬉しそうにそう言うと、彼は海の中に建っているバーの話を聞かせてくれました。そしてガイドブックには載らないフィリピンの魅力を次々と教えてくれました。

そのKが仕事中に倒れた時、私は不謹慎にもレイ・ベントゥーラ氏著「横浜コトブキ・フィリピーノ」に書かれていたことを思い出してしまったのです。 日本で身を粉にして働いているフィリピン人が倒れても、母国で暮らす家族が心配するのは、倒れた家族のことではなく今後の送金はどうなるのか、ということを。 Rと私は同じシフトに入ることが多く、帰り道も同じだったため、時々二人で飲んで帰ることがありました。
Kがよく行くというその店は、フィリピンの家庭料理を提供するお店ですからもちろん客層もフィリピン人が中心でした。
そこに連れて行ってもらえるということが、私は少し嬉しかったのです。 ベースというのはインターナショナルな労働環境ではありますが、フィリピン人と日本人は、お互いに心の中で一線を引きながらつきあっている部分があったと思います。

http://www.flickr.com/photos/98808444@N00/386317095

photo by `David


一緒に働いてどんなに仲良くなっても、国籍や国力が違うと越えられない壁はどうしてもあって、わかりあえることはきっとないのだろう、とあきらめているというか、割り切っているというか。
だからこそ彼らの溜まり場に連れて行ってもらえるのが嬉しかったのです。
普段からRがタガログ語、日本語、英語とTVのチャンネルを変えるかのようにいとも簡単に切り替えて誰とでもうまくやっているのを見て(彼と出会って、やっぱり語学はセンスだと思いました)、彼の地頭の良さに興味を持っていた私は、その夜Kと色々な話をしました。

将来のための貯蓄、母国で暮らす家族や親戚への送金、そして日々の生活資金を稼ぐ彼からご馳走してもらうなんて、お酒も食事も喉を通らない、といいたいところですが、楽しく、美味しくいただきました。ご馳走してもらったことだけでなく、Rが労働の後の一杯を楽しむ同士として選んでくれたことに感謝しながら飲む一杯は、格別でした。


【おすすめ書籍】日本に暮らすフィリピーノ達の悲哀について、フィリピン人男性の視点で書かれた一冊