横須賀基地の裏番長 フィリピーノ・マフィア

横須賀基地で働く日本人にとって残された道は、彼らとの共存しかないのか・・・

インターナショナルな大奥



私が働いていたベース(在日米軍基地)の施設は、馬鹿げたドラマに満ち溢れていて、従業員達はゴシップに事欠くことは決してありませんでした。

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トップに立っていた人間が堂々と特定の人種を贔屓するような人でしたから、ピラミッドの下の方にいた私達はひぃひぃいっていました。
ただ彼のあからさまなフィリピン人贔屓は、泣き寝入りしないと決めたある日本人従業員が、ベースの人事を統括している場所に苦情を申し立てたところ、表向きにはすぐに改善されました。私はそんなところで働いていたのですよ。
働き始めてすぐに気がついたことは、ここの従業員(特にフィリピン人女性)達の辞書に同僚という言葉はないということ。敵か味方か。そして彼女達にとってもっとも大切だったのは、こいつは使えるか使えないか、ということ(これに関してはまた後日詳しく投稿したいと思います)。
フィリピンの人達って南の島の人達特有の明るさがあるから、からっとした人達というイメージを持っていた私達には、これは大きなカルチャーショックとなり、国際色豊かな労働環境というのはただの幻想に過ぎなかったのだと学びました。やっぱり実際に働いてみないとわからないことってありますよね。 それがわかっただけでも面白いと思えました。だってそこはまるでちょっとインターナショナルな大奥みたいなところだったのですから。
彼女達は日本人従業員に対しては、常に「XXが処理を間違えたからそうなった」「それは△△の仕事だ」とミスをなすりつけ、蹴落とすことばかり考えていました。もちろんそうでないフィリピン人女性従業員もいました。そういう素晴らしい人達についても、後々書いていきたいと思います。

助け合うという言葉は、日本という異国に出稼ぎでやってきている同郷の者同士の間でしか有効ではないように思えるほど、彼女達の固い結束力も目にしました。
だけどこんな誰を信用していいかわからないような労働環境の中でも、やはりそういうものに興味を持たず、我が道を行く従業員達もいたんですね。
そしてその人達と時々飲むようになり、今でも時々集まるほど仲良くしています。私を含めてたった四人の集いだったのですが、彼らと集まって話していて気がついたことがあります。 それはこんな風にトップから腐っている環境の中で、汚れずに、濁らずにいるために必要なのは、強さと鈍さという二つの資質であるということ。どっちか一つでもいいのかもしれないけれど、やっぱり二つあった方がいいです。<続く